命の恩人。
今年も猛暑、海や川で遊ぶ機会も増えますが、水難事故のニュースが続いています。楽しい夏の思い出になるはずが、悲しい事故になってしまうのは本当に胸が痛みます。
そんなニュースを見ていたら、ふと子供の頃の海の思い出がよみがえってきました。
私の家から海までは車で40分ほどで行けます。しかし、私が幼い頃は一般家庭に自家用車などほとんどなく、海あり県なのに海を見る機会はめったにありませんでした。
私が幼稚園の頃だったと思います。町内行事で貸切バスに乗り、大勢の親子で海水浴へ出掛けました。バスの窓から海が見えた瞬間、「海だ!」と子供全員で歓声を上げたほど海が珍しい時代でした。
浜辺で準備体操を済ませ、私たち子供は波遊びや浮袋に乗ってプカプカ浮かび、親たちは波打ち際で楽しそうに話をしていました。私も浮袋に揺られながらパチャパチャと遊んでいました。

(写真はイメージです)
しばらくして、ふと周りを見ると周りに人がいなく、知らないうちに波に流され、団体の場所からずいぶん離れてしまいました。
「岸へ戻らなければ」
そう思って浮袋から降りた瞬間、体がスッと沈みました。
足が海底に届きません。私はいつの間にか背の立たない沖まで流されていたのです。海中で目の前を大きな泡がブクブクと上へ昇っていく光景を今でも鮮明に覚えています。
その直後、近くにいた大人の方が私を抱き上げ、浮袋と一緒に岸まで運んでくれました。
幼かった私は、何が起きたのかもよく分からず、その方にお礼を言うこともなく、そのまま母のもとへ戻りました。そしてたった今、溺れて助けてもらったことを母には話しませんでした。
今になっても、それが本当に悔やまれます。
もしあの時、すぐに母へ話していれば、一緒にその方を探してお礼を伝えることができたはずです。私の命を救ってくださった方なのに、感謝の言葉を伝えられないまま今日まで来てしまいました。
あの日、もしあの方に助けて貰わなかったら、私はここにはいないはず。
そして、ハセヒロオーディオも存在していなかったでしょう。カーブを描くバックロードホーンスピーカーも、この世に誕生していなかったと思います。
今考えたら、あの日の海は、まさに運命の日でした。
名前も分からない命の恩人に、いまさらながら心から感謝しております。
